読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

wash

アニメの感想メインに、ギャンブルも少々。

劇場版「響け!」を考察する。

先日、新宿ピカデリーの8周年記念特別上映で、京都アニメーションの劇場版作品を連日上映する。というイベントの、響け!を新宿ピカデリーの1番スクリーンで観てきました。これは自身四度目の劇場版響け!の観劇で、おそらく人生で最も映画館に足を運んだ作品なのではないかと思われます。

新宿ピカデリーで一番大きいスクリーンで、おそらく全国的に見ても、かなり良い環境の中で大好きなアニメーションを堪能できる幸せな空間でした。上映の終了している劇場がほとんどで、そんな中、足を運んだ多くのファンは幾度目かの観劇だったのではないかと思と、響け!に対する愛情の深いファンに囲まれているという雰囲気はなんだか居心地がよく、とても気持ちよくアニメを楽しむことができました。

さて、四度目ということで、自分なりの「劇場版 響け!ユーフォニアム ~北宇治高校へようこそ~」の解釈を簡単にまとめたいと思います。これは主観や、各媒体のスタッフやキャストのインタビューなども参考に考えた「解釈」であって、「理解」とは違います。

・TVシリーズとの決定的な相違点

いくつもありますが、決定的なのは葵の引退ですね。TVシリーズでは、葵の引退は数話にかけて語られますが、それがバッサリ抜けています。TVシリーズの葵の役割は、それを取り巻く環境であったり「現実ってこうだよね」を投げかけるキャラクターで、久美子や視聴者に内在する理性的な側面を代弁しているような節もあり、かなり重要なポジションだったと思います。

「きっと、そうするしかないんだよ。みんな何となく本音を見せないようにしながら、一番問題のない方向を探ってまとまっていく」

などは、TVシリーズの響け!はただの百合アニメじゃないぞ、と思わせてくれる印象深いシーンになっていました。

演出面では葵が作った草笛(吹いて鳴らすことから、おそらく葵の担当していたアルトサックスに見立てていると思われます)を投げ捨てる演出は、葵のこれからを予感させる寂しい演出でした。

劇場版では全く葵に触れないので、そこをきっかけに進展していく関係性にも影響を及ぼします。具体的には、部長と中世古の関係性を表す描写です。葵の引退がなくなることで、葵の件を気に病んだ部長が休んで、そこにお見舞いに行く中世古のシーンがなくなります。彼女らの親密な関係性を表現しきれない結果。最終オーディションでは、中世古の演奏に対して部長が拍手をしないという形をとったのだと考えられます。

・TVシリーズで重要だったシーンの欠落

オーディションの話が出たので掘り下げると、最終オーディションでは、高坂の演奏に対しても久美子しか拍手をしません。それは、部長や中世古だけでなく、各キャラクターの繋がりすべてがTVシリーズと比べて劣るということでもあります。個人的に出来ればカットしないで欲しかったのは、葉月が演奏の素晴らしさに気づくシーンです。

第六話で葉月が「上手くなりたい」というシーンから、はじめて合奏するシーンです。TVシリーズで、ここは久美子も「上手くなろうね」と話したり、「上手くふけない辛さ」を思い出す重要なシーンです。そこから秀一にも「頑張ろうな」と言われて、葉月の恋愛フラグが立つ説得力にもなっていたのですが…。それがないせいで、葉月と秀一の関係が少しチープになってしまいました。

しかし、葉月との関係を掘り下げすぎても、TVシリーズ同様の人間関係を久美子に持たせてしまい、最終オーディションの結果が拍手の段階で高坂に決まってしまいます。それを避けるためでもあったのかも(考えすぎ?)

個人的にはTVシリーズの中でも好きなシーンだったので残念でした。

・映像面での変更点

これは基本的には演奏シーンが増えた、というもので、これはかなり評価できると思います。劇場作品での吹奏楽の演奏シーンは聴いていて気持ちがよく、TVで見るより数段よく感じました。

・総評

小説とTVシリーズが別物であったように、劇場作品もまたTVシリーズとは別物だと考えれば、この劇場版は非常に整合性が取れていて簡潔にまとまった、よい別作品でもあり、総集編でもあったと思います。

映像はとてもきれいで、演出も面白く、非常に良い作品だったと思います。キャラクター同士の繋がりや距離感を感じることのできる演技を黒沢さんがしていて、久美子がTVシリーズより落ち着きのある演技になっているのは頷けます。上手くなりたい…!のシーンでは、リアリティが増した劇場版らしい演技になっていて印象に残っています。TVシリーズの芝居も好きなんですけどね。

とにかくよくできた作品だったと思います。

ちなみに、私は新宿ピカデリー他、地元の小さな映画館、京都MOVIX、川崎チネチッタLIVEサウンド上映に行きましたが、一番よかったのが川崎のチネチッタでした。

TVシリーズも各話ごとに考察できればいいのですが、なかなか時間もないので、この機会に劇場版との共通でもある第一話の導入部分について少し喋ります。

他の方の考察記事なども読みましたが、まずTVシリーズ通して重要なこの導入部分。これは金賞の発表と同時にモブ生徒が「他の子に教えて来る!」といなくなることから、周りの生徒たちはダメ金で満足していたものだと思われます。

その後、周りの声が薄くなり「金だ…」と久美子にグッとカメラがよります。これは、ダメ金でも満足している周りに流されているシーンだと考えます。「ダメ金だけど(それでも金賞だ)」と言うのは、久美子は満足していたのではなく、その結果に納得しようとしていたのだと推察できます。

そのきっかけは、やはり周りの反応だと思います。喜んでいる周りの生徒たちを見て、喜ばしいことなのだと感じ取ろうとしてしまうというシーンです。

TVシリーズを見終えたから言えることですが、この作品の序盤はこの「空気」というものが主題にもなっているので、ここはそう解釈すべきシーンだと思います。なので、久美子のパーソナリティとしては、やる気や熱意がないという認識は間違っていて、この段階から「周りに流されるタイプだ」という解釈が正しいと感じました。

そうすると、高坂は久美子と対比になる存在だという認識に自然になって、かなり綺麗にまとまると思います。

その後の「高校生になったら胸が大きくなるなんて噂、どうして信じちゃったんだろう」のシーンから、桜並木を歩き、花弁をすくって息で吹き飛ばすシーンは、口元の深く息をするカットから膨らむ胸のカットへ。

これは、胸は大きくならないけれど、高校生活に胸を膨らませているという演出になります。その後「花びらを思い切り吹く」というシーンは、やはり久美子自身は吹奏楽に対して前向きに考えているのではないか、という解釈ができる訳です。

そんな感じで第一話の導入部分の解釈でした。

こんな感じで、響け!は色々考えたり妄想できる作品になっていて、映像面も素晴らしいので、そのあたりを意識しながら何度もみるうちに、四度目の劇場観劇という結果に至ったわけです。第二期は10月からですが、原作はまだ読まずに、二期の進行具合と三期の動向次第でいよいよ原作に手を出そうと思います。

ながながとどうも、ありがとうございました。