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アニメの感想メインに、ギャンブルも少々。

聲の形

2016年、アニメ映画豊作の年。『君の名は。』にはじまり、『聲の形』と『この世界の片隅に』と名作と呼ぶに相応しい映画が立て続けに公開されました。

今回はその三作品の中で、個人的にはイチオシ『聲の形』についてのレビューになります。

 

聲の形

制作:京都アニメーション

監督:山田尚子

原作:大今良時

脚本:吉田玲子

音楽:牛尾憲輔

 

以下は個人的な感想も混じえながら、インタビューやコメンタリーからヒントを得た個人的な考察であり、解釈です。直接内容に触れることもあるので、ネタバレを含む内容になっている事をあらかじめご了承ください。また、表現には気をつけてはいますが、わかりやすさを追求するために、読む人によっては棘のある言葉もあるかも知れません。そちらの方も合わせてご了承ください。

 

 事前情報

本編を観る前に、私は原作を読んでいました。と言いましても、原作を読んだのは数年前で内容はうろ覚え。重要なシーンをなんとなく覚えているという程度で、原作と乖離した点を注視することはありませんでした。作画に定評のある京アニが、あの聲の形を映像化し、それがまた山田尚子×吉田玲子という時点で期待値は相当に高いものでした。

 

導入「My Generation」

水門橋を渡る将也。「人生最大の度胸試し」は失敗に終わり、バックからTHE WHOの「My Generation」が流れてオープニング、小学校時代へ切り替わります。

導入とは打って変わって、絵に描いたようなガキ大将。溌剌とした将也が肩を揺らして闊歩するシーンと「My Generation」が非常に合っています。

 

Sec.1 「硝子との出会い」

ある日転校してきた少女、西宮硝子。聴覚障害を患っており、筆談用のノートを携帯しています。

印象的な映像として、将也がシャーペンの芯をカチカチと出しては戻す。という芝居をしています。

これは「退屈」の表現であると思われます。小学生の将也にとって、「特別」あるいは「異物」のようなものを感じた西宮硝子への興味の表れとして、弄んでいたシャーペンを机に叩きつける芝居があったのではないかと思われます。また作画的なことでは、硝子が筆談用のノートを取り出す芝居をズームで抜かず、身体全体をカメラにおさめてあの芝居をさせたシーンを見て、この作品への京アニの気合を感じました。

 

Sec.2「ディスコミュニケイト」

はじめのうちは打ち解けようとしていた子供たちも、次第に硝子の負うハンデを実感として抱くようになり、想像の範疇をこえたディスコミュニケーションに戸惑いはじめます。声優の演技が印象的なのは合唱のシーン。語弊があるかも知れませんが、身体的にハンデのある人を前にした時の「無力さ」「非力さ」に、居心地の悪さを感じるほどの演技力でした。素晴らしかった。

 

Sec.3「伝う」

次第に周囲と溝が出来ていることを硝子自身自覚している。という描写に感じたのは、上野たちと校庭に出て、上野が避けるように硝子との距離をとるシーンです。将也に「もっと上手くやらないと…」と言われ、砂をかけられるシーンです。「友達になれるかな」のシーンでもあるので、重要で印象的なシーンだと思います。上野がジャングルジムをトートーンと手の平で叩きながら歩くところから、硝子がそのジャングルジムを握って、それを硝子が振動として感じている。というカットが入ります。これはクライマックスのシーンとも関連があると思いますが、「音」「声」を介さず伝わっている、伝わってしまうということもあるよ、というシーンだと思いました。

 

Sec.4「」

 

 

要約「君に生きるのを手伝って欲しい」

 

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